大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和51年(行ウ)7号 判決

広島市段原中町一九番一九号

原告

向井小太郎

右訴訟代理人弁護士

河村康男

同市宇品東六丁目一番七二号

被告

広島南税務署長

今井義行

右指定代理人

中島義彦

右同

菅近保徳

右同

小川鶴市

右同

平野勉

右当事者間の所得税更正処分取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、双方の申立

原告は、「被告が、原告の昭和四八年分所得税について、昭和五〇年三月七日になした更正処分(但し修正申告額を超える部分のうち、同年七月五日付異議決定により取消された部分を除く部分)及び過少申告加算税の賦課決定処分(但し右異議決定により取消された部分を除く部分)を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

被告は、主文同旨の判決を求めた。

二、原告の請求原因

(一)  原告が、昭和四八年分所得税についてなした確定申告及び修正申告、これに対して被告がなした更正及び過少申告加算税の賦課決定並びに原告の異議申立に基づき被告がなした右更正額の一部を取消す決定の時期、内容は、別表(一)記載のとおりである(被告のなした右更正及び賦課決定のうち異議決定を経た後のものを本件処分と総称する)。

(二)  ところで原告は、昭和四八年六月一〇日福山市箕島町字釣ケ端新開一〇丁目二五七番地の一外原野三筆合計地積一〇、〇九九平方メートル(以下これらを本件土地と総称する)の持分二分の一を、福山市に代金七三、三一八、七四〇円で買取られ、次いで代替資産として、広島市牛田東一丁目二三番地山林一、八五七平方メートル外数十筆の土地を、代金合計六四、二一七、三三一円で取得した。そこで原告は、本件土地の買取代金について、収用等に伴い代替資産を取得した場合の課税の特例である租税特別措置法(以下措置法という)三三条に該当するものとして、これを譲渡所得としたうえ、同年分の事業所得金額を算出してその他の所得金額と併せて前記のとおり申告した。

しかるに被告は、本件土地は「たな卸資産」であるから、措置法三三条の適用はないとして前記のとおり本件処分を行なつたものである。

(三)  よつて本件処分は違法であるから、その取消を求める。

三、請求原因に対する被告の答弁

請求原因(一)の事実は認める。同(二)のうち、原告が代替資産を取得したことは不知であるが、その余の事実は認める。

四、被告の主張

(一)  原告は、昭和三四年三月ごろ、販売を目的として訴外松本昇と共同で、広島市矢賀町所在の土地(総面積二、六〇〇平方メートル以上)を取得し、そのころ宅地造成工事を行なつたうえこれを他に売却し、昭和三六年四月ごろには、同市中山町斉ノ久保の土地の宅地造成工事を地主から請負つて、同年九月に右工事を完成させたうえ、同年一〇月右造成費の代償として、造成にかかる土地の一部(面積約二、一七五平方メートル)を販売目的で取得し、同年一二月にその土地の一部を他に売却し、さらに右土地に隣接する土地(面積約九五七平方メートル)を販売目的で取得し、これを昭和三六年末ごろから昭和三八年初めごろまでに宅地造成するなど、かねてから不動産取引業(宅地造成及び不動産売買)を営んでいるものである。

(二)  そして原告は、昭和三六年一二月一一日訴外河本守と共同(持分各二分の一)で訴外桑因卓二郎から本件土地を買受けたが、昭和四八年六月一〇日右土地は、福山市に買取られ、その結果原告は、代金七三、三一八、七四〇円を取得した。

(三)  ところで原告は、昭和三六年末ごろ既に福山市に日本鋼管株式会社福山製鉄所の進出が確定していたことから、福山市 内の地価の値上がりによる利益に着目して、他へ転売する目的で本件土地を購入したのである。その後昭和三八年になつて原告は、都市計画法が施行(昭和四四年六月一四日施行)された場合、本件土地が市街化調整区域に編入され、売却が困難になるおそれがあることを予知し、共有者の訴外河本に対して、本件土地を埋立てていわゆる建売住宅を建てて売却する構想を持ちかけたが、資金難のため実現に至らないまま前記買取となつたのである。したがつて、原告にとつて本件土地は、所得税法二条一項一六号にいう「たな卸資産」に該当するものであり、右土地の買取による所得につき措置法三三条の適用はない。

(四)  しかして、本件土地の前記買取代金を事業所得金額に加えると、原告の昭和四八年分の総所得金額及びこれに対する所得税額並びに過少申告加算税額は、別紙(二)記載のとおり算出される。

よつて本件処分は違法である。

五、被告の主張に対する原告の答弁

被告の主張(一)のうち、三件の宅地造成等の事例は認めるが、その余の事実は争う。同(二)の事実は認める。同(三)の事実は争う。原告は、病弱で昭和三六年当時も肺浸潤を患い、加療中であつたことなどから、我身に万一のことがあつた場合に備え、妻子のために蓄財目的で本件土地を購入したものである。このことは、原告が販売目的で取得した土地はいずれも広島市及びその周辺のものであるが、本件土地は福山市所在であること、原告が本件土地を一一年余の長期間にわたつて保有していたこと、また原告が本件土地につき建売住宅を計画したことはなく、かえつて賃貸アパートを建築し安定収入を得ようと企図していたことからも明らかである。同(四)のうち、本件土地が「たな卸資産」に該当するとした場合、原告の昭和四八年分の総所得金額等が別紙(二)記載のとおり算出されることは認める。

六、証拠関係

原告は、甲第一ないし第九号証を提出し、証人河本守、同洲崎広造、同行広満の各証言及び原告本人尋問の結果を援用し、乙第五号証の一ないし一四を除くその余の乙号各証の成立はすべて認めると述べた。

被告は乙第一ないし第四号証、第五号証の一ないし一四、第六号証、第七号証の一、二、第八号証の一ないし一二、第九号証の一ないし一八を提出し、証人浅原敞及び同山本登の各証言を援用し、甲第一、第二、第五ないし第七号証の成立は認めるが、その余の甲号各証の成立は不知と述べた。

理由

一、原告が、昭和四八年分所得税についてなした確定申告、修正申告及びこれに対し被告がなした行為の時期、内容が別表(一)記載のとおりであること、原告は、昭和三六年一二月一一日河本守と共同(持分各二分の一)で、桑田卓二郎から本件土地を買受けたが、昭和四八年六月一〇日右土地は、福山市に買取られ、原告がその代金として七三、三一八、七四〇円を取得したことは当事者間に争いがない。

二、そこで、本件土地の買取による原告の所得について、措置法三三条の課税の特例が適用されるか否か、提言すれば、原告にとつて本件土地(但しそのうち原告の持分二分の一-以下同様)が「たな卸資産」(所得税法二条一項一六号)に該当するか否かを検討する。

(一)  まず原告の事業内容についてみるのに、被告の主張(一)記載の、原告が宅地造成等を行なつた三件の事例については当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第六号証、乙第二(山本登に対する質問調書謄本)、第三(河本守に対する質問調書謄本)号証、第八号証の一ないし一二、証人浅原敞、同河本守、同山本登の各証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告は、右三件の事例のほかに、昭和三七、八年ごろ広島県佐伯郡廿日市町地御前所在の土地を訴外山本登及び河本守と共同で講入し(持分各三分の一)、これを宅地造成して販売したこと、昭和三九年か四〇年ごろ広島市井口町所在の土地を、またそのころ同市仁保一丁目所在の土地を、いずれも単独で購入し、宅地造成して販売したこと、しかして原告は、それ以降も少なくとも昭和四八年分までは事業所得の申告を続けており、事業所得は不動産売買業によるものだけであることが認められ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告は、本件土地取得当時、宅地造成及び不動産売買を内容とする不動産取引業を営んでおり、以後もそれを継続しているものと認めることができる。

(二)  次に本件土地取得の経緯について検討するのに、前掲乙第二、第三(但し一部)号証、成立に争いない第四号証(山本登に対する質問調書)、第七号証の一、二、証人洲崎広造(但し一部)、同浅原敞、同河本守(但し一部)及び同山本登の各証言、原告の本人尋問の結果(但し一部)を総合すると、原告は、昭和三六年五、六月ごろ新聞を通じて、福山市に日本鋼管株式会社福山製鉄所が進出してくることを知り、同市内の土地が値上がりするのを予想して、当事者間に争いない前記三件の事例のうち中山町斉ノ久保所在の土地等の宅地造成、販売を行なつた上、造成工事を担当したことのある山本登及び同人から資金きよ出者として紹介された河本守と共に、福山市内の土地を購入して宅地造成し、これを売つてもうけようと相談のうえ、何度か同市に赴き適当な土地を物色した結果、結局原告と河本守が代金の半分ずつを出し合つて本件土地を購入したこと、本件土地は沼地ではあるが、水深は、深い所で一・五メートル程度にすぎず、埋立てて宅地に造成することは比較的容易であること、しかも右購入に際しては、山本登において、本件土地の埋立費用の大体の見積りを業者に問合せていること、また原告と河本守とか本件土地を共有するにあたつて、両者の使用区分は別段定めていなかつたことが認められ、乙第三号証、証人洲崎広造及び同河本守の各証言、原告の本人尋問の結果のうち右認定に反する部分はにわかに措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

しかして、そもそも前記原告の事業内容に照らすと、原告が転売を目的として不動産を取得したときには、特段の事情のない限り、その事業の一環としてなされたものと認めるのが合理的と解されるところ、この観点から、右認定の本件土地取得の動機、取得の経緯及び所有の態様等を考察すれば、原告は、本件土地を、少なくとも転売して利益を得る目的で、すなわち不動産売買業の一環として取得したものと認めるのが相当であるということができる。

(三)  ところで原告は、(1)本件土地が福山市に所在すること、(2)本件土地を一一年余にわたつて保有していたこと、(3)本件土地上に賃貸アパートを建てることを計画していたこと、を指摘して、本件土地は、自分の身に万一のことがあつた場合に備えて、事業とは関係なく妻子のために蓄財目的で取得したものである旨主張し、証人洲崎広造の証言及び原告本人の尋問の結果中にはこの主張に沿う部分もある。

しかしながら、右(1)については、本件全証拠によるも、原告の前記事業が、その対象となる土地を広島市及びその周辺に限定しなければならない必然性を認めることができず、また右(2)については、前記本件土地取得の経緯等に照らし、原告は、本件土地をしかるべき時期に宅地に造成して売却すれば足りるものとして(宅地造成しないまま転売する余地を残しながら)、とりあえずはこれを放置していたものと推認することも十分可能である。さらに前記(3)については、証人行広満の証言により真正に成立したものと認める甲第三、第四、第九号証、証人河本守及び行広満の各証言、原告の本人尋問の結果を総合すると、原告は、昭和四七年ごろ一級建築士行広満に本件土地の一部に賃貸アパートを建てるとした場合の設計図及び建築確認申請を依頼したが、右設計図は、建築確認申請に必要な程度のものにすぎず、それ以上の詳細なものは依頼してはいないこと、そして本件土地の共有者である河本守には右設計図を見せてはいないうえ、右確認申請はその後取下げたこと、しかして本件土地は、沼地のままではアパートを建てることはできないところ、原告は、これを埋立てる具体的な計画まではたてていなかつたこと、そしてもともと本件土地は、付近に民家はほとんどなく、交通の便も悪いのに加えて、水道設備をすることも容易ではないことが認められ、これに反する証拠はなく、これによれば、原告が賃貸アパート建築をどの程度現実的かつ具体的なものとして計画していたかは、極めて疑わしいといわざるをえない。

してみれば、原告指摘の(1)、(2)、(3)の各事業をもつてしても、原告の本件土地取得が、その事業の一環としてなされたとの前記認定を左右するに足りないものというほかなく、これに照らして、前記原告の主張に沿う証拠は措信し難く、他に以上認定を左右するに足りる的確な証拠はない。

(四)  以上によれば、原告にとつて本件土地は「たな卸資産」に該当するといえるから、右土地の買取による所得について、措置法三三条の課税の特例を適用する余地はない。

三、しかして本件土地の原告持分二分の一が「たな卸資産」に該当するとした場合、原告の昭和四八年分の総所得金額及びこれに対する所得税額並びに過少申告加算税額が別表(二)記載のとおり算出されることは当事者間に争いがないから、結局本件処分は適法であるということができる。

四、よつて、本件処分の取消を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森川憲明 裁判官 谷岡武教 裁判官岡田一は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 森川憲明)

別表(一)

別表(二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例